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ダイアモンドのカット技術が一段と進歩してくると、カッター達はより美しく輝きを求めを目指し様々なカットにチャレンジしていきました。
そんな中、1865年にアメリカのヘンリー・モースが輝きを重視したラウンドブリリアントカット(アメリカンアイデアル)を提唱したのです。さらにそれを追認し1919年にそのラウンドブリリアントカットを光学的理論に基づいて確かなものにしたのが数学者であり宝石職人でもあったベルギーのマルセル・トルコフスキーでした。光の波長とダイアモンドの屈折率を計算し、数値化したラウンドブリリアントカット58面体は、最も美しく輝く理論として高く評価され、世界的な基準としてダイアモンドカットの主流となっていったのでした。
しかし、計算上では正しいカット理論として認められていたこのカットも、人間が手作業で理論通りに研磨することは非常に困難なことでした。あまりの硬さから「征服されざるもの(アダマス)」とまで呼ばれたダイアモンドは、そう簡単にはカッター達に屈服しなかったのです。ラウンドブリリアントカット58面体の数値化がなされておおよそ70年間、この理想のカットはつい最近まで夢ようなの存在でした。あらゆる科学や工業機器、光学機器が存在しているにもかかわらず、なぜだったのでしょうか。
その理由は研磨行程においても、磨きあがった個々のダイアモンドのプロポーション(形状)とシンメトリー(対称性)の検査においてもその良し悪しを的確に判別することができなかったことにあります。従来、鑑定に使用されてきた顕微鏡や拡大鏡では58面全体のバランスや光の流れ、光の量等を的確に判別することは非常に困難で、特に小さいものの判別は不可能でした。
すなわち、その理想的な理論という目的を達成しているかどうかを誰も確かめられなかった訳です。
しかし1986年「カットプロポーションスコープ」の登場でそれは可能になりました。スコープの発明によりダイアモンドが美しく輝くためにどのようなカットを施すべきなのかが明確になり、その結果研磨技術と精度は著しく向上していったのです。そして長い間不可能と思われていた理想のカットを見事完成し、理論に到達する時がやってきました。
「ハート&アローダイアモンド」の誕生です。理想のカットが完成されたとき、ダイアモンドは比類なき硬さと美しい輝きに加え、「愛の証」としての運命を授かっていることをカットプロポーションスコープを通して我々に伝えてくれたのです。
カットプロポーションスコープの発明で解きあかされたダイアモンドの輝きの秘密「ハート&アロー」。それこそが3千年もの長い間、ダイアモンドと人間の営みの中で求め続けられてきた答えといえましょう。そしてこの神秘的な「ハート&アロー」の姿がダイアモンドの魅力をさら高め、人々の心を「輝き」へと導いたのです。
現在ダイアモンド消費国である日本での「輝き」の需要が生産国を動かし世界から「ジャパンクオリティ」と評価され「ハート&アローダイアモンド」は輝きの代名詞として急速に世界へと広がっています。
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